グループ会社における論文読み会の運営

はじめに

私は現在、所属先のグループ会社の社員全員が参加できる形式で、機械学習人工知能のトップカンファレンスに関するオンライン論文読み会を主催しています。簡単に言うと、ICLR2023など、1つの学会にテーマを絞って、有志で論文を紹介するイベントです。多い時で70名程の方に参加していただいています。3年ほど主催を続けて慣れてきたので、立ち上げの経緯や運営方法などをまとめてみようと思います。

自己紹介

@taka8hiroshi といいます。機械学習の研究をしています。現在は情報通信系のグループ会社の研究所に所属しています。一時期は事業会社にも所属していました。

立ち上げの経緯

一言でいうと、研究所や各事業会社間の情報共有のきっかけになることを期待して、このようなイベントを開催しています。

私が所属しているグループ会社は、研究所や各事業会社が各地に散らばっています。例えば、研究所は東京、神奈川、茨木、京都、そして海外などに分かれています。そして、機械学習人工知能の技術は、各地の様々な部署で取り扱われています。

このような状況だと、物理的な距離が原因で、担当者間の情報共有に支障をきたします。具体的に言うと、「離れたロケの方が似たような研究をしていた」、「〇〇の技術について知りたいけど、研究所のどの部署が行っているかわからない」といったような問題が発生します。こういった問題を解決するため、各社の有志で定期的に情報共有を行っているのですが、運営が大変なためあまり高い頻度では行えず、コミュニケーションが十分に取れていないと感じていました。

そこで、上記の情報共有を補う目的で、完全オンラインでの論文読み会を主催し始めました。これには、下記のようなメリットがあると考えています。

  1. 全国各地から参加可能
  2. 完全オンラインのため運営の負担が少なく、定期的に開催可能
  3. 公知の論文を扱うだけなので、社外秘等を気にする必要がない
  4. 若手社員でも発表しやすく、周りに覚えてもらうきっかけになる
  5. 論文選びに発表者の興味が反映されるため、同好の士が見つけやすい
  6. 採択者本人が発表することで、グループ内へのアピールが可能

個人的には特に6点目が大きいと考えています。今までは、研究所や各事業会社の方がトップカンファレンスに論文を通しても、グループ内で発表する機会がありませんでした。この論文読み会で「本人枠」として発表していただき、参加者の方から「興味があるのでもっと詳しく聞きたい」、「一緒に研究したい」等と本人に連絡がいけば完璧です。

また、自身の育成的な観点もあります。普段は自身の興味がある分野のサーベイばかりしているので、他の方の発表を聞くことで、視野が広がり、その分野を調べるきっかけになることを期待しています。

現在扱っている学会はICMLNeurIPSICLRKDDAAAIの5つです。選んだ理由としては、「自分が普段読んでいる」、「自分が普段投稿している」、「グループ社員による採択本数が多い」、「参加者の要望が多い」などです。余裕があればもう少し増やせないかなとも思っているのですが、2ヶ月に1回くらいがちょうど良い気もしています。

運営方法

このように様々な目的を持って開催しているのですが、会社の後ろ盾があるわけではなく、有志の活動として行っています。上司にも説明には入っているのですが、評価されるといったこともありません。ボランティアになってしまうので運営メンバーを増やすのも申し訳なく、ほとんど私一人で運営し続けています。そのため、自身の負担を減らすべく、いかにシステム的に運用できるかが重要となってきます。

色々試行錯誤した上で、現在は下記のようにGitHubでissueを立てて、順番に消化しています。

AAAI2023論文読み会を行ったときのissue (社名が出ているところは黒塗り)

Slack チャンネルの作成

まずは連絡用のSlack Workspaceで論文読み会用のチャンネルを作成します。といっても、だいたいの場合はその学会に現地参加する方々が、現地での情報共有を目的にチャンネルを作成しているので、そこを間借りする形になります。

日程の決定

次に日程を決定します。最初の頃は発表申し込みをして頂いた方々の予定を確認した上で日程を調整していたのですが、全員のアンドが取れない場合が多く、また調整するのも大変だったので、今は日程を先に決めることにしています。

Googleフォームの作成

次に申し込み用のGoogleフォームを作成します。今回扱うのは公知の情報だけなので、気兼ねなく外部のサービスを使います。30分の本発表枠と5分〜15分のLT枠を用意し、発表者が選べるようにしています。といっても、時間が足りないことが多いので、ほとんどの方が本発表枠で発表します。

閲覧用のスプレッドシートの作成

発表者の間で読む論文がかぶらないように、フォームからスプレッドシートを生成して、全員が見れるようにしています。

周知 (発表者募集・一ヶ月が目処)

本番一ヶ月前に発表者募集の周知をします。本番一週間前まで募集するので、三週間程度募集することになります。

過去に13回主催しているのですが、発表者は一番多い時で13人、一番少ないときで5人といった感じです。平均するとだいたい7人〜8人申し込んでくれているようです。

スケジュールの調整 (一週間前が目処)

本番当日のスケジュールを決定します。発表者の方は当日他の打ち合わせがあることもあるので、そういった事情を反映しながら調整します。また、休憩時間を必ず入れるようにしています。1時間発表したら15分休憩、という感じです。

7人〜8人×30分+休憩という感じなので、4時間〜5時間くらいはだいたいかかります。午後13時スタートで、遅くても18時までには終わるように調整します。

TeamsのURLの発行

オンライン会議用のURLを作成します。これは会社の都合なのですが、私の所属している研究所のオンライン会議システムは録画が難しいので、事業会社の方にお願いして、TeamsのURLを手配して頂いています。

周知 (聴講者募集・一週間前が目処)

一週間前に当日のスケジュール、URLを記載した周知を出します。できるだけ多くの方に聴講参加してほしいので、一番目立つ場所で宣伝しつつ、各社にも周知を依頼します。

スライド作成

基本的には自身も発表することにしているので、当日までに論文を読み、スライドを作ります。結局ここが一番大変だなといつも思います。

座長の募集 (前日まで)

本番当日の座長を募集します。基本的には進行と質問の仕切りです。また、質問が出なかった場合は、座長から質問するようお願いしています。 座長が集まらなかった場合は自分が一人でやります。

余談ですが、運営の仕事の中では座長の募集がもっとも重要だと思っています。私はあまり座長が得意でないので、Slackでいつも誰かに泣きついています。

本番

ここまでくると特にやることはないです。基本的には自分から一つ以上質問を出せるようにしたいので、集中して聞いています。休憩込みでもだいたい5時間くらいあるので、終わることにはかなりへとへとになっています。

事後アンケート

参加者の方からフィードバックをいただけるよう、アンケート用のGoogleフォームも設置します。

最初の頃は色々な意見をいただきました。例えば、当初はslidoなどのサービスに加えて、slack、Teamsのチャット欄で質問を募集していたのですが、わかりにくいとのことで、Teamsでの発声もしくはslackでのチャットような形に落ち着いています。また、LT枠を設けたのもアンケートでご意見頂いたからです。需要のある学会の調査などもたまに行っています。

ビデオと資料の共有

最後に、グループ内で閲覧できる形で、当日のビデオと資料を共有します。尺の都合上ビデオは編集する必要があるので、こちらもちょっと時間がかかります。

上記のような一連の作業を、何も考えずに頭から実施しています。実際にかかる稼働は、本番当日とスライドの準備を除けば、数時間程度です。この労力でこの規模のイベントが運営できているのは良いことなのかなと思っています。

振り返りと問題点

約3年間、13回と続けているイベントなので、色々と問題点も出てきています。

発表者の偏り

グループ会社全員が発表可能ということになっているのですが、実際には研究所からの発表者が多くなっています。特に、自分がかつて所属していた部署の後輩の皆様がよく申し込んでくれていて、気を遣わせていたら申し訳ないなと思っています。彼らがいつも発表してくれるおかげでこの取り組みは成立しているのですが、いつまでも甘えているわけには行かないので、どうにかして色々な部署から発表申し込みしていただけるようにしたいと考えています。

とはいっても具体的な案がないので、現状はby nameで発表をお願いするというようなことを行っています。特に採択者本人の方にお願いしています。また、LT枠の自由度を高めて、事業会社の方も発表しやすいようにできないかと考えています。例えば、KDDKDD Cupというデータ分析コンペが同時開催され、事業会社から参加する方も多いので、その発表をお願いしたりしています。

聴講参加者の減少と偏り

聴講者は多い時で70人程度、少ない時で30人程度になっています。回数を重なるにつれて減少傾向にあります。発表者の方はかなり準備を頑張ってくれているので、できるだけ多くの方に聞いてほしいと思っているのですが、人を増やすのはやはり難しいなと感じています。

また、自身も事業会社にいたので分かるのですが、論文を読んだりできるのは時間に余裕がある部署の方が多く、研究以外の仕事がメインの事業会社からはあまり参加者が多くありません。このような偏りも解決したいと考えています。

運営・発表者へのメリットを用意できていない

上述した通り、完全に有志の取り組みなので、このイベントに関わることでの会社としてのメリットを提供できていません。運営は私一人なので別に良いのですが、発表者の方には何かしらのメリットがあってほしいと思っています。何かしらの後ろ盾を得るのが良いとは思っているのですが、特に伝手もないので難しい状況です。

また、研究的なメリットも提供できればと思っています。発表に対する質疑が盛り上がり、発表者の方に得るものがあるのが一番だと思っているので、そのためには良い質問が出る環境を整える必要があります。つまりは聴講者を増やして良い質問が出る確率を高くしたり、質問が得意な方に座長をお願いしたりといったことを行いたいと考えています。

結局のところ、イベントをうまく盛り上げ、多くの人に参加していただければ、解決できるのではという気がします。直近でグループ内のLLMの勉強会にも参加したのですが、そのときは120人程オンライン参加していたので、この取り組みもまだまだ盛り上げられるのではないかと思っています。

最後に

3年間論文読み会の主催を続けてみて、重要なのは惰性だなと思いました。特に会社から見返りがあるような取り組みではないので、私自身のモチベーションが重要ではあるのですが、3年も続けると当初の熱意は消え失せます。自身の異動や転籍のタイミングで辞めることもできたのですが、結局は惰性だけで続けています。

しかし、イベントを続けていると、自身が予期していないような良い出会いが発表者の間で起こることもあります。それはきっと良いことだと思うので、これからもあまり労力をかけずに、惰性で続けて行きたいと考えています。