社会人博士課程を修了しました

はじめに

2023年3月23日に京都大学で博士 (情報学) を取得しました。

自身の研究も大変だったのですが、

  • コロナ禍のリモート博士生活
  • 在学中に社内で複数回の異動
  • 博士論文締切前にコロナ罹患

などの経験もしたため、皆さんの参考になることを願って博士生活を振り返ります。

自己紹介

@taka8hiroshi といいます。機械学習、特に深層生成モデルの研究をしています。通信会社の研究所に所属していましたが、博士課程在学中に事業会社に異動になりました。卒業後に再び異動になり、現在は研究所で働いています。

博士学位が必要だと思ったきっかけ

修士時代から博士取得に興味があったのですが、当時は研究業績が全く無く、このまま進学しても難しいだろうということで就職を選びました。その後、会社での仕事が国際会議に採択されたこともあり、成長した今ならチャレンジできるのではないかと思い、進学を決意しました。

ほかの理由として、所属会社には研究者向けのキャリアパスがあり、博士号を持っていると有利になるという点もありました。また、独学で研究を行っていたので、体系的な研究方法を学びたかったというのもあります。

京都大学を選んだ理由

一番の理由は研究室を見学して良さそうだと思ったからなのですが、それ以外にも二つの理由があります。

一つ目の理由は、京都大学には社会人特別選抜という制度があり、社会人博士に対する理解が深いことです。

www.kyoto-u.ac.jp

具体的には下記のようなメリットがありました。

  • 授業を取らなくてもOK (ゼミは参加必須)
  • 京都以外からも通える (私は仕事の都合で東京在住)
  • 共同研究契約が結びやすい (会社での研究と大学での成果を一致させやすい)

遠方に住んでいても、仕事と両立しながら博士課程を送れるというすばらしい仕組みになっています。また、先生方も社会人博士を受け入れようとしてくださっているので、色々と相談しやすいと感じました。

二つ目の理由とは金銭面です。私の所属会社には当時学費を支援する制度がなく、入学金や学費は自費で支払う必要がありました。京都大学は国立なので学費も比較的安く、非常に助かりました。とはいっても3年間で合計200万程度かかりましたが。

研究室での3年間

3年間のスケジュール・イベント

入学まで

2019年の3月頃から進学を考えていて、色々な研究室の見学を始めました。京都大学に見学に行ったのは2019年5月頃で、そこで進学を決意しました。本当は2019年の秋入学にしたかったのですが、TOEICの受験を忘れていて、2020年春入学を目指して受験の準備をしました。

願書は2020年1月提出ですが、社会人選抜の場合は会社の上司が推薦文を書く必要があるため、準備には多少時間がかかりました。2020年2月前半に院試を受け、無事合格となりました。

卒業要件と目標

卒業要件は明文化されていなかったのですが、おそらく (修論に含まれていない) ジャーナルもしくは国際会議3本だと思います。私の場合は入学前に国際会議に何本か論文を通していたので、それらのジャーナル化と、新しい論文を国際会議に通すことを目標としました。特に後者は3年目の夏にようやく採択されたので、本当にギリギリでした。

イベントとしては中間発表と予備審査、本審査の3つがあります。中間発表は2年目の夏に行われるイベントで、現在の研究の進捗状況を話します。予備審査は3年目の1月頃に行われるイベントで、博士論文をプレゼンします。ここで審査の先生方からコメントを頂き、反映した上で、2月頃に行われる最終試験である本審査に臨みます。

リモート博士生活

入学直後にコロナ禍に突入してしまい、物理的に大学に行くことが難しくなってしましました。一方で、ゼミがリモートになったこともあり、東京に住んでいる私は参加しやすくなるというメリットもありました。ゼミは週に二種類行われ、両方とも半年に一回以上発表が必須でした。学生の皆さんがとても優秀なので、ゼミが勉強になるしモチベーションにもなりました。

ゼミ以外の時間は基本的に研究 (と事務作業) をしていました。研究所時代は「博士課程の研究=会社の研究」にできるよう、会社側で稟議を通して共同研究契約を結んでいました。1年目は比較的時間が取れていたので、新テーマとジャーナル化の作業を中心に行っていました。新テーマは難航しましたが、ジャーナルは無事に採択されました。2年目夏の中間発表もジャーナルの内容を中心に発表しました。

ここまでは順調だったのですが、この直後から異動などが重なり、ほとんど研究時間が取れなくなってしましました。

1回目の異動

2021年7月に1回目の異動となりました。これは組織再編の影響で研究所内を異動するというものでした。

研究自体は続けられる部署だったのですが、組織再編の影響で部署の実験環境が全てリセットされてしまい、一から立ち上げを行う必要がありました*1。再編後の部署だとこういったことに一番詳しかったため、率先して立ち上げを行っていましたが、上司が変わったこともありスムーズには行かず、結果として丸一年かかりました。また、業務内容も少し変わり、以前よりも契約などの事務作業等が増えてしまい、結果としてこの一年間は研究時間をほとんど取れませんでした。

これではいけないと思い、合間を縫ってなんとか新テーマを進め、2023年の5月に無事に論文が採択されました。この時点で論文の本数自体は揃ったので、卒業が見えてきたなと気楽に思っていました。しかし、なぜか論文発表での海外出張を却下されたので訝しんでいたら *2、直後にまた異動することが判明しました。

2回目の異動

2022年7月に2回目の異動となりました。これは事業会社への異動で、業務として研究を続けられなくなりました。実は異動先の会社には博士課程の支援制度があったのですが、入学前に稟議を通す必要があり、入学後に異動してきた私は支援を受けることができませんでした。また、博士過程に在学しているということも事前にちゃんと伝わっておらず *3 、結果としてプライベートで研究しなければならなくなりました。

「博士課程在学中の事業会社への異動だけは避けてほしい」と人事に何度も相談していた上、入学の際に一筆書いてもらっていたのに、よりにもよって卒業目前で異動となってしまったため、モチベーションがかなり下がりました。先生に相談しに京都大学まで行き*4、色々とアドバイスを頂き、なんとかモチベーションを回復させました。

10月頃から博論を書き始めたのですが、業務に慣れないこともありなかなか時間を取れず、2022年12月頃に精神的に参ってしまい *5 、覚悟を決めて有休を全てつぎ込んで博士論文に専念しました。

博士論文締切前にコロナ罹患

有休をつぎ込んだこともあり、博士論文自体はなんとか間に合いそうだったのですが、正月に家族経由でコロナをもらってしまいました。そこまで症状は重くなかったのですが、10日程度はまともに起きていることができませんでした。これが致命傷でした。なんとか論文は書き上げたのですが、直後の予備審査の準備が一切できておらず、また学会業務で論文の査読が山のように残っていた (しかも締切が予備審査の前日) ため、最後は泣きながら作業していました。

予備審査・本審査

2023年1月末に予備審査、2023年2月末に本審査がありました。コロナも落ち着いたので現地で行われることになり、再び京都に行くことになりました。結構大変だったとは思うのですが、建設的なコメントをいただけることもあってモチベーション高く乗り切ることができました。

余談ですが、予備審査前日から雪が降った影響で新幹線が止まるおそれがあったため、前日入りしました。新幹線は遅延しました。時間が取れたので泣きながら査読していました。

合格・卒業

本審査に無事に合格したので、博士論文の製本作業などを行いました。ちなみにここが一番スケジュールが厳しくて、大学側から提示された期限内に製本してくれる業者は見つかりませんでした。教務課に相談し、締切を伸ばしてもらい、最短で製本してくれる業者を探して、大学に送りました。製本が終わればほぼ終わりで、無事に卒業となりました。

大学には結局、異動の際の先生への相談、予備審査、本審査、卒業式の4回しか行きませんでした。物理的な移動が制限されるご時世だったため極端な回数となっていますが、今後はもっと気楽に行けるのではないかと思います。

アドバイス

会社からの理解を得る

プライベートの時間だけで社会人博士を取るのはかなり大変だと思います。私は基本的にプライベートは休みたいので、業務として研究できるように稟議を通し、共同研究契約を結んでいました。ここまでは良かったのですが、結局異動が重なって業務上でも研究時間の確保ができませんでした。

3年間は研究できる部署にいれるよう、会社に取り計らってもらうのが良いと思います。京都大学の場合は上司が推薦書を書く際、「入学後も在職の身分を保証する」よう同意しているので、いざとなったらそれを盾に交渉するのも良いと思います。ちなみに私も交渉しましたが聞き入れてもらえませんでした。

有休は残しておきましょう。最後に頼りになるのは有休です。

入学前に論文を貯めておく

経験して思いましたが、3年間でジャーナル or 国際会議3本はかなり難しいので、事前にある程度論文を貯めておくか、ネタをストックしておくのが良いと思います。

しっかりと休む

私は色々と思い詰めて参ってしまったので、気楽にやるのが大事だと思います。休日はしっかり遊んでリフレッシュして、切り替えて研究もできると良いのかなと思います。

自分のことだけに集中する

博士課程の3年間、会社ではチームのために使った時間が非常に多かったです。働きやすい環境になれば自分も仕事しやすくなると思ってやっていたのですが、結果的には異動したので自分に得はありませんでしたし、自身が学生でいられる時間を浪費しただけとなってしまいました。博士課程の3年間だけは自分のことだけを中心に考えて、自身の研究に専念するのが良いと思います。

最後に

色々あった博士生活ですが、その分博士号を取れて本当に嬉しかったです。また、大学や会社の皆様には本当にお世話になりました。今後はメンタルを回復させつつ研究を頑張っていきたいです。

*1:具体的に言うとGitHub等のサービスの契約やGPUサーバの用意、実験用ネットワークの準備などです。

*2:他部署で同じ学会に論文が通った方は出張が許可されていました。私は最終的には異動先の事業会社にお願いして出張させてもらいました。

*3:そもそも「機械学習の研究をしていた」ということさえ伝わっておらず、なぜか「開発が得意な人」として紹介されました。

*4:ちなみにこの時が入学後初めての現地通学でした。

*5:食欲が一切わかず、睡眠が取れなくなりました。直後のコロナ罹患との合せ技で、二ヶ月ほどこの症状が続きました。